私の自立ノート

多忙な仕事と向き合う中で見つけた、思春期の子どもとの対話の道筋

Tags: 親子関係, 思春期, 仕事と両立, コミュニケーション, 父親の悩み

仕事と家庭の狭間で感じた、親子の距離

会社員として責任ある立場を任されるようになり、私の日常は仕事に追われる日々へと変化していきました。朝早く家を出て、夜遅くに帰宅する。週末も持ち帰りの仕事や、疲労から休息を優先することが増えていきました。そんな中、当時思春期を迎えていた息子との会話が、目に見えて減っていったのです。

以前は、学校での出来事や友達との話を楽しそうに話してくれていた息子が、いつの間にか「別に」「なんでもない」といった短い返答ばかりになり、私の顔すらろくに見ようとしなくなりました。彼が部屋に引きこもりがちになり、私と妻が口を開けば不機嫌になるような時期が続きました。

私自身も仕事のストレスを抱え、つい口調が厳しくなったり、些細なことにイライラしてしまったりすることがありました。そのたびに「父親として、これで本当に良いのだろうか」「もっと向き合うべきではないのか」という自責の念に駆られました。しかし、翌日にはまた仕事に追われ、どうすれば良いのか途方に暮れるばかりでした。

試行錯誤の中で見えてきた、小さな光

この状況を何とかしたいという思いから、私はいくつかの試みを始めました。まず、時間の「量」を増やすことが難しいのならば、「質」を高めることに意識を向けようと考えました。

一つは、週に一度、早起きして息子と二人で朝食を囲む時間を作ることでした。会話はなくても、同じ食卓を囲むだけでも違うのではないか、という素朴な期待からでした。最初はぎこちないものでしたが、無理に話しかけず、ただそこにいることを意識しました。驚いたことに、何度か続けるうちに、息子の方から学校で読んでいる漫画の話をしてくれたり、音楽の話を振ってくれたりすることが増えていきました。

もう一つは、会話の仕方を変えることでした。「今日、学校で何があった?」という質問は、息子にとって尋問のように聞こえていたのかもしれないと反省し、「最近何か面白いことあった?」とか「今ハマっていること教えてくれないか」といった、もっとオープンな問いかけを心がけました。すると、彼が好きなアーティストの話や、オンラインゲームでのエピソードなど、彼の世界を少しだけ覗かせてもらえる機会が増えたのです。

もちろん、全てが順調だったわけではありません。時には私が疲労から思わず強い言葉を使ってしまい、息子が心を閉ざしてしまうこともありました。また、妻とは「もっと厳しくするべきだ」「いや、今は見守るべきだ」といった子育て観の違いから、意見が衝突することもありました。そうした失敗や行き詰まりを感じるたびに、本当に自分に親としての資質があるのかと自問自答を繰り返しました。

完璧を目指さないこと、そして繋がりの中で

こうした試行錯誤の中で私が学んだのは、完璧な父親である必要はない、ということでした。大切なのは、諦めずに子どもと向き合おうとすること、そして、私自身が彼を一人の人間として尊重し、成長を見守る姿勢を持つことだと感じるようになりました。

また、夫婦間のコミュニケーションの重要性も痛感しました。子どもの前で意見が食い違うことは避け、事前に二人で子どものことについて話し合い、基本的な方向性を共有する努力を重ねました。互いの価値観を理解し、尊重し合うことで、家庭全体が安定し、子どもも安心できる環境が作れると実感しています。

そして、何よりも大きかったのは、一人で悩みを抱え込まないことの大切さです。私と同じように仕事と家庭のバランスに悩む友人や、子どもの成長に戸惑う親御さんとの会話の中で、「自分だけではない」という共感や、「こんな方法もあるのか」という新たな視点を得ることができました。具体的なアドバイスだけでなく、ただ話を聞いてもらえるだけでも、心が軽くなる経験をしました。

もし今、あなたがかつての私のように、仕事と家庭の板挟みになり、思春期のお子さんとの関係に悩んでいるのだとしたら、どうか一人で抱え込まないでください。小さな一歩でも、あなたらしい方法で子どもと向き合い続けること。そして、この「私の自立ノート」のような場所で、同じような経験を持つ人々と繋がり、支え合うこと。その中で、きっと新しい対話の道筋が見えてくるはずです。